079:死神

――― 死神とは、生命を狩り獲る者の事である ―――

 そう聞いたのはいつの事だったか、私は覚えていない。
 鎌を見に行くと言った時に聞いたのかもしれないし、幼い頃に聞いたのかもしれない。
 どちらにしても、不本意とはいえ死神となってしまった今、私がしなければならない事は……


「ヅィグ。私ノ銘ダ」
 そう言った鎌、ヅィグは焔のような髪を後ろに払った。
「ヅィグか……私は、」
 名乗ろうと思ったら、ヅィグがフイと目を逸らした。
「貴様ノ名ナド、死神トナッタ今、意味ナドナサヌ。コレカラ死神ト呼バレルシカナイノダカラナ」
 と、ヅィグは素っ気無く言う。
「死神……生命を狩り獲る者。鎌の一振りが大地を呑み、海を割る、と聞いたが」
 よいしょ、と立ち上がるとヅィグは呆けた顔でこちらを見ていた。気にせずぱたぱたと服についた汚れを払う。
 べったりとついた血はさすがに落ちることはないし、まだ乾いていないのでぐちょぐちょと嫌な音を立てる。
 胴を両断された時にザックリと切り落とされた服は、丈がかなり短くなってしまっている。これは新調するべきか。
「マダ語リ継ガレテイルノカ、馬鹿馬鹿シイ」
 ヅィグは吐き捨てる。
 馬鹿馬鹿しい、と言ったけれど。
「馬鹿馬鹿しい? どういうことか、説明してくれないか」
「ドウイウコト、ダト?」
 私よりもいくらか高い位置にあるヅィグの双眼を見据える。
 金色の虹彩、猫のように縦に長い瞳孔。暗闇でもはっきりとわかるその瞳は私を睨みつけているというのに、感情を一切映さず冷たい色をしていた。


 暫く睨み合っていると、フ、と鼻で嗤ってヅィグは私から目を逸らした。
「死神ノ能力ハ大地ヲ呑ムコトモ、大海ヲ割ルコトモナイ。私ハタダ魂ヲ狩ル為ノ者。貴様ハタダ殖エ過ギタ魂ヲ喰ラウ為ノ者」
 総じて、死神。
 今度はこちらが呆気に取られる番だった。
 死神には天変地異を起こせるだけの力はなく、ただ純粋に魂を狩ることだけを目的とした力。

ならば、私が聞いてきた言い伝えや伝承は、一体なんだったと言うのか。


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